「EBPM」という言葉をご存知でしょうか?
「EBPM(Evidence-Based Policy Making)」はエビデンスに基づく政策立案を意味します。
近年、政策の有効性を高め、住民の行政に対する信頼を確保するための取り組みとして注目を集めています。しかしながら、その具体的な内容や進め方を理解している方はまだ多くありません。
この記事では、EBPMの基本概念から地方自治体における進め方までをわかりやすく解説します。これからの自治体の運営を考えるうえで、ぜひ参考にしてください。
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EBPMはエビデンスに基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)の略で、証拠(エビデンス)に基づいて政策を立案、評価、修正するアプローチです。
このアプローチは大きく3つのステップから成り立ちます。
最初のステップは、政策の目的を明確にすることです。
例えば、地方自治体が「高齢者の孤独感を減らす」ことを目指す場合、この目的を明確に設定しなければなりません。
次に、目的達成のために最も効果的な政策手段は何かを定義します。上述の例でいえば、高齢者向けのコミュニティイベントの開催や、高齢者向けのレクリエーション施設の開設などの手段が考えられます。
続いてのステップは、政策手段と目的の論理的なつながり(ロジック)を裏付けるエビデンスの収集です。
エビデンスは、実験や調査から得られるデータ、研究結果、統計情報など多岐にわたります。上述の例でいえば、他地域での同様の取り組みの成果や高齢者の孤独感を減らすための科学的研究、地元の高齢者からのフィードバック等がエビデンスです。
EBPMとは、このようにエビデンスに基づいた政策立案をおこなうアプローチを指します。
EBPMの目的は、政策の効果を最大化することです。それゆえ、PDCAサイクル(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Act:改善)を用いて、環境の変化に応じて政策を柔軟に修正し、最善の結果を得ることを目指します。
さらに、ある目的を達成するための複数の政策が存在する場合には、それぞれの政策を単独で考えるのではなく、全体として最適化することが重要です。
例えば交通安全意識を高めるという目的に対しては、単に交通ルールを強化するだけでなく、道路設備の改善やドライバーの教育といった多角的なアプローチが考えられるでしょう。
政府の世論調査によると、国の政策に自分の意見が反映されていると感じる国民は約3割にとどまり(※1)、政策への信頼度は必ずしも高いとはいえません。
自治体はEBPMの推進によって社会課題に対する政策を客観的に形成・評価し、住民からの行政への信頼性を高めることが期待されます。
※1)政府の行政改革 EBPMガイドブック
EBPMについて理解を深めるために、知っておきたい基本用語がいくつかあります。ここからは、EBPMにまつわる代表的な基本用語を解説します。
ロジックモデルとは、最終的に達成したい状況や結果の実現に向けた事業の設計図を視覚的に表現したものです。具体的には、「資源」(インプット)、「活動」(アクティビティ)、「結果」(アウトプット)、「成果」(アウトカム)の4つの要素で構成されます(※2)。これにより、政策の全体像を把握しやすくなり、どこに問題があるのかやどの部分を評価すべきかが明確になります。
※2)独立行政法人 国際協力機構 ロジックモデル作成マニュアル
政策評価とは、特定の政策が目的を達成したか、またその効果はどの程度だったかを調査・分析するプロセスです。具体的には、Plan(企画立案)、Do(実施)、Check(評価)、Action(企画立案への反映)のPDCAサイクルを回すことで、政策の見直しや改善につなげ
ます。
このサイクルにより、政策の効果を把握し、結果を次の企画立案や実施に反映する基盤を築くことができます。
EBPMサイクルとは、政策策定と評価をデータに基づいておこなうサイクルのことです。具体的には、統計やデータを用いた問題の把握・政策効果の予測・政策の実施・効果の測定・評価を有機的に回していくプロセスを指します。
KPI(Key Performance Indicator)とは、日本語では「重要業績評価指標」と呼ばれる目標達成度を測るための指標です。KPIは組織が設定した目標を達成しているかどうかを定量的に評価するために用いられます。
自治体や政府が政策を立案し実施する際は、その政策が目指す目標を達成しているかを評価するためにKPIが設定されます。例えば、公共交通の利便性向上を目指す政策であれば、「公共交通機関の利用者数」や「乗客満足度」などをKPIとして設定しうるでしょう。
「行政の無謬(むびゅう)性」とは、行政が間違いを犯してはならないという考え方や現行の政策が間違っていないとする考え方です。
この考え方が強いと、新たな挑戦や変化を嫌うようになり、政策の見直しや改善が遅れがちになります。さらに、意思決定の質も低下し、社会課題への適切な対応ができなくなるおそれも出てくるでしょう。
特に、社会や環境の変化が早い現代においては、行政の無謬性を克服し、柔軟な対応とエビデンスに基づいた政策形成が求められています。
「EBPMガイドブック」によると、従来型の政策評価サイクルには、現状維持を重視する特徴があります。
これは、新しい状況や変化への適応よりも、既存の政策やシステムを続ける傾向が強いことを意味します。しかし、前例を安易に踏襲すると、新しい政策やアプローチに挑戦する機会が損なわれてしまうでしょう。
また、従来の政策評価ではPDCAサイクルが完全には機能していない、との問題が指摘されています。
これは、政策の評価や検証に必要なエビデンスが十分に収集・活用されていないことも一つの要因です。エビデンスの不足は、新たな政策の提案や既存政策の効果的な改善をおこなうための障壁となりえます。
さらに、従来型の評価サイクルは、多様な意見や視点を取り入れるよりも、特定の立場や視点からのみ課題解決を試みることが一般的です。その結果、現代の複雑な課題に対応するのが難しくなりつつあります。
政府を中心にEBPMの重要性が認識され始めている背景には、このような従来型の評価サイクルの問題点があるのです。
地方自治体がEBPMに取り組む際の具体的な方法を説明します。
まずは、解決すべき問題を特定します。これは地域の統計データ、住民からのフィードバック、ステークホルダーとの議論などを通じておこないます。
問題について深く理解するために、関連するデータや情報を収集し、分析します。具体的な数字やトレンド、事例などを取りまとめ、問題の全体像を把握します。
収集した合理的根拠に基づいて政策を設計します。ロジックモデルを作成し、目標と手段、期待される結果を明確にします。設計時に、目標達成度を測るための指標(KPI)が適切に設定されると、政策評価の客観性が高まります。
政策の目的が地域の雇用創出であるならば、指標としては「新たに雇用された人数」や「新規開業した企業数」などが考えられます。また、健康促進を目的とする政策の場合、「健康診断の受診率の向上」や「運動習慣を持つ住民の割合の増加」などが指標となりうるでしょう。
設計した政策を実行し、設定した指標を測定します。目標の達成状況を確認することにより、目標までの進捗を把握することができます。その際、現場との緊密なコミュニケーションによる実態把握が大切です。
政策の効果を評価します。事前に設定した指標に基づいて、実際の結果と期待された結果を比較し、効果を測定します。もし、目標を達成できなかった場合は、原因のフィードバックをおこなって改善につなげることが重要です。
評価・分析に基づいて政策を改善し、新たなサイクルを開始します。政策が想定どおりに進まない場合、思い切って政策運用や政策手段を見直します。
エビデンスの具体的な情報源としては、以下が挙げられます。
まず、政府が提供する公式な統計や情報の窓口としては「e-Stat」の活用が有効です。また、各府省庁の白書や報告書、委託調査報告などの公的文書からもエビデンスを収集できます。さらに、各府省庁の政策研究所の論文やレポートのほか、エビデンスを整理して一覧化した「EBPMデータベース」などのポータルサイトも便利です。
そのほか、「Google Scholar」など学術論文専門の検索サイトなども情報源となりえます。もし、これらの方法で必要な情報が得られない場合、事例研究としてアンケートやヒアリングをおこない、定量的なエビデンスを補完することも考慮しましょう。
以上の方法により、必要な情報を網羅的に収集し、政策の有効性を正確に判断することが可能となります。
自治体がEBPMを実践する際の注意点・ポイントをご説明します。
いざEBPMを実践しようとしても、実際にはすべての課題や状況に対して直接的に有効なエビデンスが存在するわけではありません。
そのような場合でも、政策手段の内容や対象を限定して始めること、すなわちスモールスタートがとても重要です。
まずは、スモールスタートで試行された政策手段の効果検証と課題分析の結果を基に、その政策手段自体の見直しや改善をおこないましょう。その後、段階的に規模を拡大し、政策の全体的な実施につなげていきます。
緊急性が求められる短期間の政策を除き、政策はスモールスタートから始め、その効果を見ながら、徐々に規模を拡大していくことを意識しましょう。EBPMを通じて、中長期的な視点で、より高い政策効果を追求することが大切です。
EBPMは合理的根拠に基づいて政策を立案・実施するアプローチです。それゆえ、自治体がEBPMを実践するためには、政策立案において縦割りに依存しない体制づくりが不可欠です。
例えば、異なる部署で同じ目的を持つ政策が存在する場合、それぞれの部署ごとに政策を立案・実施するのは合理的ではありません。全体最適の観点からデータや分析結果を共有し、横断的な検討・議論をおこなうべきです。
つまり、縦割りではなくそれぞれの部署・民間・専門家などのステークホルダーと垣根を越えて協働することが必要です。
政策の効果を測るためには、単にデータを集めるだけでは不十分であり、現場の声に耳を傾けることもとても重要です。
なぜなら、データのみでは小さな異変を見落とす場合があり、また現場の声のみでは一部の大きな声に過剰に影響される可能性もあるからです。両者を組み合わせることで、異変の早期発見や適切な対応が可能となります。
EBPMサイクルは、年に1回ではなく、できる限り短い周期で政策の実施状況を測定することが大切です。
年に1回の政策評価では、例えば、翌年度の概算要求をおこなう夏までに政策の見直しが間に合わないケースもあるでしょう。より短い周期での評価により、早期に政策の問題点を発見し、改善策を講じることが可能となります。
EBPMの実践において、失敗を肯定する文化の醸成は不可欠です。なぜなら、失敗から学び取り、次に生かして改善を図ることで、政策の効果を高めうるからです。
政策を立案・実施する際は、状況の変化に合わせて柔軟に適応し、時にはその方向性を見直す必要があります。効果検証や政策評価の結果を元に、積極的に政策手段の見直しや転換をおこなう勇気が必要です。
この過程で、行政の無謬性の概念を乗り越えることが求められます。失敗が許容される環境の下で、行政組織は新しい挑戦を続けられるのです。
ときには、実施した政策が成果を上げないケースもあるでしょう。しかし、その結果を「失敗」と捉えるのではなく、「成功」の一部として受け入れ、次回の試みへの学びとして活用する姿勢が大切です。このようにして、失敗を肯定的に捉える文化がEBPM実践の中核となります。
自治体におけるEBPMの具体的な事例をご紹介します。
滋賀県では、子育て期の女性の就労を支援するための政策を、EBPMを用いて実施しました。
この課題を解決するために、県はデータを基に理想的な職場環境を明らかにし、現状との差を明確化したうえで、具体的な要因を特定しました。
その結果、「性別に基づく役割分担意識」や「女性の正規雇用率の低さ」が問題と判明。これを改善するための新しい政策が提案されました。この事例は、データを活用した問題解決のよい実践例として挙げられます。
兵庫県神戸市ではEBPMを推進するために、外部の専門家まかせにせず職員自ら行政データの利活用を進める取り組みを実施しました。
具体的には、BIツールと呼ばれる様々なデータを分析・見える化できるアプリケーションを活用して、行政データおよび公的な統計データを可視化。
その際、外部の専門家に任せず職員自らが誰でも手軽にデータを分析できる環境を整備しました。これによって、データ分析にかける時間が短縮されただけでなく、データ分析ができる職員が各部署に増え、市全体としてEBPMが浸透しました。
自治体によるEBPM推進のための研修事例をご紹介します。
滋賀県長浜市は、若年層を中心とした人口減少などの課題解決のため、EBPMを本格的に取り入れています。さらに令和4年度よりデータ分析のためのシステム基盤を構築するとともに、職員向けの実践的な研修も開始しました。
この研修は、各部署の課題を共有し、政策立案に向けた具体的なデータ収集や政策の根拠づけの方法を学ぶ実践型のものです。この取り組みを通じて、市の課題解決に向けた具体的な方針や手法が浮かび上がり、持続可能な行政運営への一歩を踏み出しました。
神奈川県ではまず職員がEBPMに関する用語や概念に馴染みのないことに注目し、基本的な概念や先進事例の情報収集などを実施しました。この調査結果を職員に提供したうえで、データの利活用に関する庁内研修を開催。その後も先進事例の調査・ヒアリングなどを継続的におこない、得られた知見を職員に共有するという、一丸となった啓蒙活動に力を入れています。
マイクロアドが提供する「まちあげ」は、自治体のニーズ・課題に合わせたターゲティング広告を配信するサービスです。自治体のデジタルマーケティングの課題に対する解決策の提案から運用まで、アカウントプランナーが支援します。
「まちあげ」の特徴は、各自治体の施策ごとに親和性の高い層へピンポイントで広告が配信できる点です。加えて、位置情報データを利用し、各都道府県にゆかりのあるユーザーを特定して広告を配信することも可能です。
また、配信後の広告効果の分析をおこない、その結果を自治体向けにレポーティングします。これにより、広告の効果を明確に把握することが可能です。
「まちあげ」の持つ、EBPM実践に役立つメリットをご紹介します。
まず、「まちあげ」を活用することにより、広告の配信結果を通じて政策の効果を定量的に把握することが可能です。このデータに基づくアプローチにより、施策の有効性やその影響を具体的に評価できるようになります。
また、「まちあげ」は特定の属性や目的を持った方に合わせて広告を配信できるため、政策の周知や啓発活動がより効果的におこなえます。
さらに、配信結果の詳細な分析を基に、広告の内容や配信方法の調整が可能であるため、政策の見直しや改善が容易です。この点は、政策の最適化を求めるEBPMの考え方と合致しており、施策の効果を最大限に引き出す効果が期待できます。
自治体においてEBPMを推進していくことで、政策の質と住民の信頼を高める新たな道が拓けるでしょう。本記事でご紹介したEBPM実施のポイントや具体的な事例などを、新たな政策形成に向けた一歩を踏み出すためのヒントにお役立てください。